今年3月から日本国内で急速に拡大した新型コロナウイルス感染症。時差出勤や在宅勤務など、あらゆる事業者が様々な対策を急ぐ中、感染防止対策の一環として、入社式や新入社員研修などの式典・行事について中止や延期を決めた企業も多い。ある民間調査*では、今年4月に新入社員になる学生の中で新型コロナによって入社式に影響があったと回答した人のうち、約6割が中止または延期されたという結果となった。このように、多くの企業が苦渋の決断を強いられた一方で、いち早くデジタルトランスフォーメーション(DX)*に向けて動き出し、アマゾン ウェブ サービス(AWS)のクラウドコンピューティングを活用することで「オンライン入社式」を実現した企業があった。
*デジタルトランスフォーメーションとは、デジタル技術によって既存の枠組みを変える変革のこと。または、デジタル技術によって社会や人々の暮らしをよくすること。
出典:キャリタス就活2020 学生モニター特別調査結果(2020年3月)

ウィズコロナ時代に立ち向かうコーセーのDX戦略
株式会社コーセー本社
コーセー提供

1946年に創業し、化粧品の製造・販売を中心事業とする株式会社コーセーでは、総合職の入社式を毎年東京の本社で開催している。しかし、今年は異例の入社式となった。3月初めに国内での新型コロナウイルスの感染者数が増加したことを受け、コーセーでは、テレワークの活用や時差通勤など感染拡大防止に向けた対策を公表したほか、4月に予定していた入社式についてオンラインでの開催の検討をはじめた。社内で協議を重ねた結果、入社式前に社長の訓示などを撮影し、新入社員の入社日である4月1日にその動画を配信するという形で、オンライン入社式を執り行うことにした。

動画配信システムの構築は外部業者に委託するのが一般的だが、受注から開発、実装までに2~3カ月の期間を要するケースが多い。そこで、コーセーでは、すでにサーバーなどに利用を開始していたAWSのクラウドコンピューティングサービスを活用し、自社でITシステム開発を行うことにした。AWSのインターネット動画配信に向けた動画コンテンツの作成と安全な配信を行うAWS Elemental MediaPackageや、高速コンテンツ配信ネットワークサービスのAmazon CloudFrontを活用して動画を配信できる「Web研修システム」を作り上げた。

今回自社内で開発した「Web研修システム」は、開発に関わった社員が2~3名だったにもかかわらず、実質的な開発期間はわずか1週間程度。さらにコスト面でも、外部に委託した場合と比較し、20分の1にまで削減できた。この動画配信システムによって、4月1日に、53名の新入社員に対してオンライン入社式を無事に開催できた。

オンライン開催での入社式は、今回が初めての試みであったものの、ネットワーク上の問題も特には発生せず、成功裏に終えることができた。実際に入社式に参加した新入社員からも「緊急でオンライン入社式に切り替えたとは思えないくらい、システムの操作画面も非常にわかりやすかったです。今回のオンライン入社式を通じて、新社会人として気持ちをより一層引き締めることができました」など、好評の声が多くあがった。

今回のシステム開発を主導した株式会社コーセーの情報統括部部長である小椋敦子さんは、「当社では2012年からAWSの活用を決断し、これまではサーバーやデータベースなど、基本的なクラウドサービスのみ利用してきました。これからもっと、AWSのサービスを利用し、マネージドサービスやサーバーレスへの活用を拡大したいと考えていたところだったんです。そのような中で、今回の動画配信システムの開発・活用は、現場の担当者にも、クラウドの利便性や導入までのリードタイムの短縮など内製化によるメリットを実感してもらえるきっかけになったのではないかと感じています」と話す。

ウィズコロナ時代に立ち向かうコーセーのDX戦略
左から、株式会社コーセー 情報統括部マーケティングシステム課の泉千晶さん、同部基盤開発課の大川麻子さん、同部マーケティングシステム課の佐藤陽介さん
コーセー提供

今回のオンライン入社式の成功を受け、新入社員の研修やビューティコンサルタント(美容部員)などの教育においても、「Web研修システム」を活用している。新入社員の研修については、1日目の動画、2日目の動画といった形で、公開するコンテンツや対象社員の範囲をその都度コントロールしながら配信を行う。

「社内研修の内容は、外部に公開できない情報でもあるため、外部業者に委託することが難しかったのですが、今回のようにすでに社内で構築した実績のある『Web研修システム』を利活用できることは、非常に効率的ですし、実際の運用もスムーズに行うことができました」と、システムの内製化によるメリットについて情報統括部マーケティングシステム課の泉千晶さんは話した。

またコーセーでは、これまで、全国各地で勤務する3,500名を超えるビューティコンサルタント(美容部員)に対して、定期的に販売に関する集合研修を行っていたが、4月以降はそれぞれに配布されたタブレット端末を活用した教育動画の配信を開始し、オンラインでの研修を開始した。しかし、Wi-fiの環境などが個々に異なることから、通信データ容量の制限が障壁となり、動画がスムーズに視聴できないといった課題に直面した。そこで配信する動画を限定し、各動画コンテンツのビットレートを制限することで、低解像度での動画配信を行った。

「実際に動画を視聴した現場のスタッフからも、特に低解像度による画素の粗さも気にならなかったということで、問題なく視聴できているという感想をいただきました。こうした現場での声や要望に応じて、システムを柔軟に改善していけるのもAWSを活用した自社開発ならではのメリットだと思います。今後もあらゆる要望に応じて、AWSの活用法を検討していけたらと考えています」と情報統括部基盤開発課の大川麻子さんは語る。

その他にも、管理監督職向けの会議・研修やトレンド報告会といった、機密性が高く社内で情報を管理することが求められる動画コンテンツのほか、美容専門学校向けの教育コンテンツなど社外向けの活動においても、今回新たに構築した「Web研修システム」の活用がすでに決まっている。小椋部長は「新型コロナ感染症の感染拡大はまだまだ油断ができない状況が続くかと思いますが、ウィズコロナの新たな社会を見据え、今後もさらなるデジタルトランスフォーメーションを推し進めていけたらと考えています」と語った。