Amazonの法人向け購買、調達専用サイト「Amazonビジネス」が作り手と購入者とをつなぎ新製品開発を後押しした。依頼主は大手リゾートホテルチェーンの「星野リゾート」。希望した商品は「サステナブルなウォータージャグ」だ。その開発について、製造元となった石川樹脂工業の専務取締役石川勤さん、デザインを担当したsecca(セッカ)の代表取締役上町達也さん、同社取締役柳井友一さんの3人に話を聞いた。

「サステナビリティ」(持続可能性)宣言を打ち出し、リサイクル可能な製品を積極的に開発している企業がある。石川樹脂工業は、1947年に創業した石川県加賀市に本社を置く樹脂製品メーカーだ。

現在は、主にレストランやホテルなどに出荷する樹脂製の食器や厨房用品などを製造している。また、その一方で力を入れているのが、オリジナル商品だ。2005年に発売した同社初のオリジナル製品、ティッシュケースを丸形にアレンジした「ペーパーポット」は、開発から15年経った現在でも人気が高い。

「私が父親の会社で働き始めたのは2016年。その時に父に言われたのが、『自社ブランドをもっと強化していきたい』ということでした」

そう話すのは、同社の専務取締役、石川勤さん。自社ブランドを強化していくときに、同社が注目したのが米国で開発された合成樹脂「トライタン」だ。

「水をつかむ」ウォータージャグを開発
石川樹脂工業の石川勤さん
「水をつかむ」ウォータージャグを開発
石川さんが今年の春に企画したマスクフレーム。企画から製造までスピーディーに行えるのが、石川樹脂の強み

ガラスのような透明感を持ちながら、壊れにくく、紫外線による劣化もしにくいという優れた特性を持ち、100%リサイクルが可能という優れた特性を持っている。

「長く使うサステナブルという点では、こんなに適した樹脂素材はありません。製造の過程でどうしても出てしまう不良品も、また納品後に使われなくなった廃棄品も、すべて溶かして原料の状態に戻すことができるのです。現在、当社製品の半分ほどがトライタンを原料にしており、納品先からの廃品回収の取り組みも始めています。再生しやすいよう単一素材で作りながらも、魅力ある製品をつくれないかと考えました」

そんな石川さんの思いに賛同したのが、石川県金沢市を拠点とする「secca(セッカ)」だ。陶磁器や木工などの工芸技術を持つ職人と、3D CADや3Dプリンターなどのデジタル技術を駆使するデザイナーによって構成されるseccaでは、伝統と最新の技術を掛け合わせた独特の手法でものづくりを行っている。代表取締役の上町達也さんはこう話す。

「一般的にプラスチックの食器というと、見た目やデザインが味気ないとか、すぐゴミになって環境に悪いのでは、などと思われてしまう。そういった印象を、丸ごと覆すような食器を作っていきましょうと提案しました」

「水をつかむ」ウォータージャグを開発
樹脂製品の製造はオートメーション化されている
「水をつかむ」ウォータージャグを開発
トライタンを使用した製品。ガラスのような光沢と透明感がある
「水をつかむ」ウォータージャグを開発
金型について説明をする石川さん。箱状の金属の中に樹脂を注入し成型する
「水をつかむ」ウォータージャグを開発
トライタンの原料
「水をつかむ」ウォータージャグを開発
製造過程でできた不良品は溶かして再利用する
「水をつかむ」ウォータージャグを開発
石川樹脂工業

2016年、石川樹脂工業とseccaはタッグを組み、いくつもの商品を作り出していく。そして2020年に生まれたのが、トライタンを使用したテーブルウェアブランド「ARAS(エイラス)」だ。頑丈でありながら、高級感ある質感の食器が誕生した。表面に波のような凸凹がある皿「ウェーブプレート」は、陶器のような表情をみせるとともに、焼いたパンを置いても蒸れないなどの機能性も併せ持っている。

「もちろん、陶器や磁器、ガラスの食器は他にはない魅力があって、ハレの日の食卓などにはぜひ使いたいものです。でも、たとえば忙しい朝、多少雑に扱っても割れないというお皿があってもいいですよね。食にこだわりのある人が、気兼ねなく普段使いするのにぴったりな製品としてARASを世に送り出しました。Amazon.co.jpでも販売し、好評をいただいています」

星のや、secca、石川樹脂工業、Amazonでの共同開発
そのARASを生みした経験が、「星のや」とAmazonから提案された「ウォータジャグ」の共同開発に生かされている。

全国各地に人気のリゾートホテルを展開する「星野リゾート」が運営するラグジュアリーホテル「星のや」は、客室用の飲料水の容器を探していた。以前はガラス製のものを使用していたが、破損することがあり、安全性と持続性の観点から、リサイクル可能なペットボトルに切り替えた。しかしそのあまりの多さに、安全で環境にやさしく、そして持続性のあるものが必要だと考えなおしていたからだった。星のやからAmazonビジネスに依頼があり、その製作元として石川樹脂工業の名前が挙がった。

「新しい商品を製造するには、『金型』という成形のための型を作る必要があり、ここにかなりの費用がかかります。大量に販売できる見込みがなければ大きなリスクを伴います。しかし今回の場合、星のやさんの客室での使用と同施設内での販売、そしてAmazon.co.jpおよびAmazonビジネスという販路がはっきりしているため、安心してお受けすることができました」(石川さん)

こうして、ARASチームと星のや、Amazonの共同での商品開発プロジェクトが始まった。

「水そのもの」を体感するサステナブルな容器
星のやが求めたのは、環境への配慮、片手で持てる操作性、洗浄のしやすさ、館内の冷蔵庫に合うサイズ、容量、デザインの美しさだ。seccaデザインチームのディレクションを担当した上町さんはこう話す。

「水をつかむ」ウォータージャグを開発
secca(セッカ)の上町達也さん。手前にあるのが、試作品の数々

「長野県にある『星のや軽井沢』に伺って、ホテルの支配人から直接、施設を案内していただきました。その時に強烈に感じたのは、ここは自然の恵みを一時的にお借りして、宿泊者に差しだし、そしてまた自然に還元する場所なのだということ。施設の周りには多くの水辺があり、積もった雪が溶け出して川を流れていくのが印象的でした。まるで人が自然と寄り添って生きていくような、サステナブルであることをポリシーとしてその環境を実現している星のやさんだからこそ感じられる、この感覚をデザインに落とし込みたいと考えました」

「雪解け水」を表現した容器を作ることで、容器ではなく水そのものに触れる、あるいは、「水をつかむ」ような体験をしてほしい。そんな思いからデザインコンセプトが決まった。seccaでクリエイティブリーダーを務める柳井友一さんは当時を振り返る。

「そこからが大変でした。事務所の冷凍庫で大きな氷を作ったり、つらら状にしてみたり。水が溶け出した様子といっても、その氷は一体どんなものがいいのか。チームのみんなで思いつく限りを試して研究を重ねました」

最終的には、氷屋で購入した氷柱を叩き割り、その断面を3Dスキャンした。3D CADで容器のサイズや形状を決めて、そこにスキャンした氷のテクスチャー(物体表面の質感)を組み込んでいく。形状の試作を行い、色や透明度による違いなどのサンプルを作ったら、すぐに星のやに送り、オンライン上で議論を重ねた。こうしたやりとりをスピーディーに何度も繰り返し、わずか2か月でデザイン決定にこぎつけた。

「使いやすさや適正なサイズ、容量など、道具としての要件を満たしながら、いかにして情緒的なコンセプトを乗せていくかがポイントでした」と柳井さんは言う。

「水をつかむ」ウォータージャグを開発
secca(セッカ)の柳井友一さん
「水をつかむ」ウォータージャグを開発
ウォータージャグの3D CAD図
「水をつかむ」ウォータージャグを開発
柳井さんが指さしているブルーの範囲に型割線を指定する必要があった

「こだわりのひとつが『型割線』です。金型で成形する樹脂製品には、その金型の分割面に出っ張りのライン『型割線』ができます。これは通常どの製品もまっすぐなのですが、今回はこのラインにゆらぎを持たせて、表面の意匠と一体化させるデザインにしました」(柳井さん)

石川さんはデザインに関してはseccaに全幅の信頼を置いているため、余計な口出しはしなかったが、「デザイン模型を見た瞬間、こんなものが本当にできるのかと不安になりましたね」と笑う。「seccaの柳井さんとうちの金型製作チームで連携をとりながら、どうにか残り1か月で金型を作って製造に間に合いました」(石川さん)

上町さんは、「面白いのが、金型に樹脂を流し込む際にムラができて、ひとつずつ微妙にデコボコの感じが異なっているんです。それが工業製品らしからぬデザインとしての魅力にもなっています」と話す。

完成したウォータージャグは2020年11月から、一部の星のやで順次使用、販売されているほか、「ARAS(エイラス) ウォーターカラフェ」の名称でAmazon.co.jp、Amazonビジネスでも販売が始まっている。

ウオータージャグイメージ
完成したウォータージャグ

石川さんは、「トライタンは非常に耐久性が高く、大事に扱えば本当に長く使うことができる素材です。だからこそ、私たちが作るべきは、使う人が飽きずに10年後も100年後も使いたいと思ってくれるもの。このウォータージャグもそんな商品になってくれればいいなと思います。弊社は、金型も自社で製造できる設備があるため、デザインから製造まで一貫して行えることが強みです。そしてそれをそのままAmazonで販売もできる。そうした自由度とスピード感が新製品の開発の原動力になっていると思います」と商品開発への思いを語った。

上町さんは「私たちが手がける工業製品は、手作業で作られた工芸品とは真逆に思われがちですが、現在伝統工芸品と呼ばれているものも、当時は最新の技術を駆使していたはずで、いいものを作りたいという根本的な思いは同じです。今回の開発で、Amazonが単に売る場の提供だけでなく、作り手がどのような想いでどんな価値をユーザーに届けたくてものづくりに取り組んでいるのかといった背景を丁寧に伝えながら商品を届けてくださっている取り組みにとても共感しました。作り手側としては、頼もしいことです。金沢は伝統工芸と最新技術を融合させる環境がある町です。これからも新しい技術を活用しながら、ずっと使い続けていただける、世界に誇れる製品を作っていきたいと思います」と話した。