2019年8月22日、東京大学本郷キャンパスにて、 「国際科学オリンピック日本開催シンポジウム~池上彰さんと考える日本の科学ときみの未来 第2弾~」が開催されました。

「国際科学オリンピック」とは、世界中の中学生と高校生が科学の実力を競うコンテストです。日本は毎年、7つの教科に代表生徒を派遣しています。来年2020年から2023年まで、生物学、化学、物理、数学の4教科の国際大会が日本で行われることを記念して、国立研究開発法人「科学技術振興機構」(JST)が今回のシンポジウムを主催し、アマゾンジャパンは特別協賛として参加しました。

基調講演やパネルディスカッションのほか、子どもたちが参加できるワークショップが行われ、一般から公募された国際科学オリンピックに興味のある生徒やその保護者など、総勢500名が会場に集まりました。

JST
科学技術振興機構提供

基調講演ではまず、京都大学 iPS細胞研究所所長の山中伸弥教授が登壇しました。山中教授の研究グループは、わずか4つの遺伝子を皮膚細胞に導入することにより、さまざまな体細胞に分化可能な多能性とほぼ無限の増殖性をもつ「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」を作ることに成功し、山中教授は2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。

山中教授はまず、自身の研究人生での数々の失敗や挫折について語りました。「私が医者になったのは父親の病気を治したいという動機からでした。しかし研修医として勤務していた頃に当時は有効な治療法がなかったC型肝炎による肝硬変という病気に、父親がかかってしまい、有効な治療ができず、父を救うことができませんでした」と話し、その後も、アメリカの大学での研究所時代の仮説とは真逆の結果から突破口が見いだせたエピソードなどを披露し、たくさんの失敗から学びあきらめない大切さを子どもたちにわかりやすく、そしてユーモアを交えて語りました。そしてiPS細胞の発明にいたる経緯についても語りました。

「そもそも、病気を治したいという強い思いや必要性がなければ、iPS細胞の発明には至りませんでした。ただ、成功した要因はそれだけではありません。仮説と検証の繰り返しの中で生まれた偶然や予想外の結果(セレンディピティ)によって、研究の方向は変わっていきました。最終的に私がiPS細胞にたどり着くことができたのは、セレンディピティがあったからです。『必要は発明の母』と言いますが、『偶然は発明の父』で、イノベーションを生み出すには必要と偶然の両方が不可欠です」

そして医学におけるイノベーションについて、山中教授はこう話して講演をまとめました。「ほんの3、40年前にはどうすることもできなかった病気が、今は研究が進んだことで、治療して完治させることが可能になりました。これはまさに、私たち医学研究者が常に目指していることです」

JST
科学技術振興機構提供

続いての講演では、アマゾンジャパンのジャスパー・チャン社長が登壇し、Amazonのイノベーションの原動力について話しました。「Amazonでは社員一人ひとりがリーダーシップを発揮できる環境をつくるために、行動理念となるべき『リーダーシッププリンシプル』を設けています。その中で最も大切なのが、『カスタマーオブセッション』、つまりお客様を起点に考えて行動することです。Amazonのイノベーションは、お客様に対する徹底的なこだわりから始まります」

またチャン社長は、Amazonがお客様のために生み出したイノベーションの事例として、米国で展開されているレジの無いコンビニ「Amazon Go」や、電子書籍リーダーKindle、物流拠点内のロボットなどを次々と紹介し、「イノベーションに終わりはない」と強調し子どもたちを勇気づけました。

「Amazonの社員は、毎日がいつも最初の一歩を踏み出す日であるという『Day One』という言葉を常に心にとめています。『Day One』の考え方は、どんな時でも志を高く持ち、目的を見失うことなく謙虚に学び続ける姿勢を持つことにつながります。皆さんも、今自分たちがやろうとしていることが何のため、誰のためのイノベーションなのかを考え続けてください。それがイノベーションを生み出す原動力になります」と子どもたちに呼びかけました。

JST
科学技術振興機構提供

パネルディスカッションでは、山中教授とチャン社長に、国際科学オリンピック出場経験のある東京大学大学院助教の岩間亮さん(2005年第16回国際生物学オリンピック北京大会 銅メダリスト)、栄光学園高校2年生の末松万宙(すえまつ まひろ)さん(2019年第51回国際化学オリンピックフランス大会 金メダリスト)がパネリストとして加わり、さらにモデレーターとしてジャーナリストの池上彰さんが登壇しました。

ディスカッションのテーマは「令和新時代に求められる科学イノベーション」。まずは平成が日本の科学技術にとってどのような時代だったのかについて、山中教授はこう話します。

「私自身にとって、平成の30年間はひたすら研究に没頭した時代でした。克服できると思われていた『がん』という病気で、いまだに多くの方が亡くなっています。一方で、解読には数十年かかるといわれていたヒトゲノムの解読は完了しました。30年のあいだにさまざまな革新的なことが起こり、すべてが予想通りではありませんでした。次の令和の時代に何が起こるか楽しみでもあり、同時に怖くもあります」(山中教授)

「科学が進歩するにつれて、科学者の責任はますます重くなっているのでは」という池上さんからの質問に、山中教授は「現在の資本主義社会を支えているのはイノベーションであり、その原動力として科学は欠かせないもの。責任が重いからといって、科学を止めることはできません」と答えました。

JST
科学技術振興機構提供

過去に国際科学オリンピックに参加した経験のある岩間さんは、「国際生物学オリンピックでは、外国の学生たちがまったく物怖じすることなく発言するのを見て驚きました」と参加した当時を振り返りました。また、岩間さんの専門である生物学の分野においても、現在はデータ活用などのテクノロジーなしでは研究を進めることができないと話し、「科学のイノベーションは決して科学だけで成り立つのではなく、テクノロジーとの分野融合が必要だと感じています」と続けました。

2019年の国際化学オリンピックフランス大会で金メダルを獲得した高校2年生の末松さんは、大会に参加した感想を尋ねられると、「国際大会に出場すること自体とても貴重なことですが、出場するために勉強したこと、国内大会に挑んだこと、そして海外の人たちと交流できたことも貴重でした」と大会を振り返り、「交流のために行った数学関連のカードゲームで、アメリカの生徒が目にも止まらないスピードで計算をしていたのが印象的でした」と世界大会の様子を話しました。

JST
科学技術振興機構提供

続いてはモデレーターの池上さんが、「世界の科学技術の動向とその中での日本の立ち位置」の資料を提示した上で、「日本政府は、これからの日本社会が目指すべき未来の姿を、ロボットやAI、ビッグデータなどの技術をあらゆる産業に取り入れた『Society5.0』としています。それはどのような社会なのか、想像してみてください」と提起をすると、チャン社長はこれに対して、「この30年でのテクノロジーの発展によって、世の中の変化や競争は激化しています。それでも、Amazonは『人々の生活をより良くしたい』という姿勢を変えることはありません。それは、Society5.0の世の中であっても、私たちは『人間中心』の社会を守り続けるということです」と話しました。

また、岩間さんは、「テクノロジーが進んでも、人との関係を大切にすることは変わらないでほしい。スピードが問われる時代ではあるが、ゆっくり考えることで面白い発想が生まれることもあります。時間をかけることを支えてくれる社会であるといいと思います」と言います。続いて末松さんは、「子どもの頃、父や母に理科や算数の問題を出してもらって、勉強が大好きになりました。Society 5.0では、好きなことがいくらでもできる社会になってほしいです」と、自身の体験から思いを述べました。

再び意見を求められたチャン社長は会場に向けて、「これから世の中がどのように変わっていくのかとても楽しみです。この変化の主人公は皆さんです。自分の成功は、日本だけでなく世界のためにもなるのだという意識を持ってください」と呼びかけると、山中教授は、「今私たちが常識や当たり前と思っていることが、10年後20年後には変わっているかもしれません。自分自身の現在の考えさえも疑うことが技術の発展には必要」と語り、次世代の科学者たちにエールを送りました。

JST
科学技術振興機構提供

まとめとして、池上さんは「好きだから、人と違ってもいいじゃないかとやってきたことが、結果的に日本のため、世界のためになる可能性があるのが、科学技術の素晴らしさです。ここに来た若い皆さんには、今日のパネリストたちをはじめとした技術者に続く人になる、あるいはそういった人を育てていってほしいと願います」と語り、子どもたちのさらなる発展に期待を寄せました。