2019年7月25日、アマゾンジャパン本社で、参加型トークセッションプログラム「KPMG Japan Talks supported by AWS」が行われました。

KPMGジャパンは、監査、税務、アドバイザリーの3つの分野のプロフェッショナルファームによって構成される専門家集団です。これまでにビジネスや科学、文化、芸術、スポーツなど各界のフロントランナーを招いてディスカッションを行うプログラムを開催しています。

今回のテーマは「Impossible → I’m possible」(人間の不可能を可能にするテクノロジー)。アマゾン ウェブ サービス ジャパン(以下、AWSジャパン)との特別合同開催となり、若手ビジネスパーソンや学生など、200名以上の参加者が会場に集まりました。AWSジャパンの代表取締役社長である長崎忠雄は、「できないことを可能にする。これがテクノロジーの力です」と話します。

難病ALS患者に「声」を与えたAWSのテクノロジー

「クラウドコンピューティングとは、インターネットを経由して誰でも必要な時に必要なテクノロジーを利用できるサービスです。つまり、皆さんが『やりたい』と思ったことをすぐに実行に移すことができます。これまでは資本がないとできなかったことが、今はアイデアがあれば実現できます。皆さん一人ひとりの中に大きな可能性があるのです。新しいことに挑戦し、時には失敗して、成功をつかんでください。それを支援するのが私たちのテクノロジーです」(長崎)

難病ALS患者に「声」を与えたAWSのテクノロジー

続いての講演で登壇したのは、創発計画株式会社 代表取締役社長、高野元(たかの・はじめ)さんです。高野さんは2013年に「ALS(筋萎縮性側索硬化症)」を発症しました。

ALSとは、根本的な治療が困難とされる「指定難病」として国が認定する病気で、運動神経細胞が死滅することによって、全身の筋肉を自由に動かせなくなります。症状が進むと、歩くことも声を出すことも難しくなり、発症して3〜5年で呼吸筋が衰えて死に至るといわれています。国内のALS患者数はおよそ1万人(2017年度)にのぼります。

難病ALS患者に「声」を与えたAWSのテクノロジー

「皆さん、こんばんは。お仕事でお疲れの中、本イベントにお越しくださりありがとうございます」

高野さんが車椅子でステージに上がると、朗々とした男性の声が流れました。「ピッ、ピッ」とコンピュータを操作する電子音の後、男性の声は「私は川崎市に住む54歳のALS患者です」と、流暢な口調で高野さんの自己紹介を始めました。

これは高野さん自身が喋っているのではなく、深層学習を利用したテキスト読み上げサービス「Amazon Polly」(アマゾン・ポリー)によるものです。コンピュータとは思えない自然な声に、ざわついていた会場は一瞬にして静まり返りました。

難病ALS患者に「声」を与えたAWSのテクノロジー

もともとはNECの研究所でITエンジニアとしてキャリアをスタートした高野さん。スタンフォード大学への研究留学の後にBIGLOBEの検索エンジンシの仕組みを構築し、その後はウェブアクセス解析のベンチャー企業で中国の大連に子会社を設立。2011年には独立して事業開発コンサルティングを創業し、事業が軌道に乗ってきた矢先の2014年秋、ALSの告知を受けたと話します。

「たくさんのALSの専門書を読みましたが、どの本を読んでも、動かなくなった体との付き合い方が書いてあるばかりで、より良く生きるための情報がどこにもないことにがく然としました」(高野さん)

ALSによって言葉を失った後、高野さんが最も恐れたのは「社会とのつながりが切れてしまうこと」だったと言います。健常者だった頃、高野さんは会議やミーティングの場で話の流れを整理して参加者の発言を促す「ファシリテーター」として熱心に活動していました。「もう一度、人前でプレゼンしたい。ファシリテーションをしたい」という思いが、次のステップへの原動力となりました。

難病ALS患者に「声」を与えたAWSのテクノロジー

高野さんは、画面に表示された文字を見ることで文字入力ができる「視線入力」の技術を活用してプレゼンテーションができるシステム「Hearty Presenter」の開発に尽力します。

「Hearty Presenterは、PowerPointのスライドをめくりながら、ノート欄に書き込んだ文章の読み上げを実行できるシンプルなソフトウェアです。クラウドファンディングで開発資金をご支援いただき、現在はフリーソフトとして公開しています」(高野さん)

大勢の人の前で話すにあたって、重要になるのは「声の質」です。

「いかにもコンピュータが喋っているような声では、聞いている人が疲れてしまいます。そこで検討したのが、音声合成機能のAmazon Pollyです。今日のプレゼンを通して使っていますが、なめらかで聞き取りやすいでしょう?」と高野さん。2018年からプレゼン活動を再開し、今は日本各地の企業や教育機関、医療関連機関などで講演を行っていると話します。

ALS患者の社会参加にはまだ多くの課題が残るものの、「テクノロジーで肉体のハンディを乗り越えられることを知ってほしい」と締めくくりました。

難病ALS患者に「声」を与えたAWSのテクノロジー

ディスカッションの時間では、高野さんに加えて、スピーカーとしてAWSジャパンの技術統括本部本部長執行役員の岡嵜禎(おかざき・ただし)、モデレーターとしてKPMGコンサルティングの執行役員である椎名茂(しいな・しげる)さんが登壇しました。

AWSジャパンの岡嵜は今回のイベントについて、「私はこれまでALSの患者さんに会ったことがなかったので、『本当にできるのか』と不安な気持ちもありました」と、正直な思いを語ります。

「しかし実際には、事前打ち合わせの場では高野さんの方から積極的に『こうすればいいと思っている』とご提案をいただき、私たちはそれに賛成するだけでした。結果的に、私たちから特別な技術的サポートをすることもなく、高野さんの熱意とバイタリティによってこの場が成立しました。正直に言って、すごいです。高野さんは本当にさまざまなチャレンジをされている。尊敬と同時に、負けていられないという気持ちが強く出てきました」(岡嵜)

会場から出た「高野さんは次にどんなテクノロジーがあったらいいと思うか」という質問に高野さんは、「手を振るとか、万歳とか、身体表現を代わりにしてくれる技術がほしい」と、視線入力を使ってその場で回答。「失敗を恐れず、やりたいことをやりましょう」と会場に強く訴えかけました。

難病ALS患者に「声」を与えたAWSのテクノロジー

「今回のAmazon Pollyをはじめとして、AWSには現在165以上のサービスがあります。これらを組み合わせることで、社会課題を解決したり、新しいビジネスを始めたりといったことが可能となります。イノベーションを起こすには、できるだけ多くのチャレンジをすることが重要です。クラウドテクノロジーの長所は、少ない費用で何度もトライアンドエラーを繰り返せることです。私たちのサービスは日々進化しており、さまざまなお客様の可能性を広げています」(岡嵜)

難病ALS患者に「声」を与えたAWSのテクノロジー

プログラム終了後はネットワーキングの時間が設けられました。参加した大学生のひとりは、イベントの感想をこう話しました。

「AWSは法人向けだけでなく、個人でも簡単に使えるサービスだと知りました。私自身、世の中にインパクトを与えるものを作りたいという思いはあるものの、今まで何をしていいかわかりませんでした。しかし今日の話を聞いて、とにかく何でもやってみればいいのだと思うことができました。さっそく明日から、自分がやりたいこと、できることを実行していきます」