「本は自分のパスポートのような役割を果たしてくれる。海外であっても、自分がどういう人間で、どんな考えをしているかわかってもらいやすいんです」
BIOTOPE代表取締役社長 佐宗邦威さん

「中高大学時代の自分を知っていたら、今僕がデザインを仕事にしているなんてだれも想像できないでしょう」と笑う佐宗邦威(さそう・くにたけ)さん。子どもの頃から勉強は得意だったが、美術や音楽などの芸術系にはまったく興味がなかったのだという。

東大法学部を卒業後、彼は消費財メーカーのマーケティング部門で順調にキャリアを積み重ねていた。しかしある時、担当していた商品の売れ行きが伸び悩み、それまで培ってきたデータ分析の手法では歯が立たない大きな壁に突き当たった。打開策を探るためにブレインストーミングを試みたが、1時間で思いついたアイデアはたった2つ。上司が同席するという緊張する状況下であったとはいえ、自分の発想力のなさを痛感した。

「当時の先輩に『佐宗君には、直観的なアイデアを出すような仕事は向かないから、堅実なビジネスをやったほうがいい』みたいなことを言われたんです。自分には新しいことを生み出す才能がないと決めつけられたことが悔しくて」と当時を振り返る。

「数字を見ていくだけでは、同じことの繰り返しになる。このままでは成長が止まってしまうと悩み始めたら、そのまま鬱になってしまいました。当時は、なんのために生きているのかさえ、わからなくなっていました」

気が付けば約1年間、ほとんど外出できない毎日を送った。

「暗闇の中で、自分の唯一の救いというか、光明となったのが色やアートでした。美術は常に不得意学科だったので、自分とは全然関係がないと思っていたのですが、色やアートを見ていると妙にわくわくしたり癒されたりして、今まで感じたことがなかった感覚に気づきました。21世紀は感性の時代だと説く『ハイコンセプト』という本を読んだこともあり、デザインやアートが自分にとって大切なものになっていきました」

佐宗邦威さん
佐宗邦威さん

そこから佐宗さんの模索が始まった。時間をかけて復職を果たし、転職先で才能のあるエンジニアたちと仕事をする機会を得ると、新しいものを生み出すことへの意欲が増していった。そしてついにはその思いが高じて、アメリカで注目を集めつつあった「デザイン思考」を学ぶため、シカゴのイリノイ工科大学の修士課程に留学したのだった。

「デザイン思考」は、言語や数値など左脳系とも呼ばれる情報だけでなく、右脳系と呼ばれる色や形などの視覚的な情報も活用して考える発想法で、アイデアをイラストや模型に落とし込み、アイデアを考察し、より発展させていく。まさに佐宗さんが直面していた悩みを解決してくれるものだった。

「この方法をもっと多くの人が実践すれば、世の中を良い方向に変える発想が生まれるかもしれない。自分と同じように人生が変わる人が出てくるかもしれない。そう考えて、出版社に企画を売り込み、必死になって原稿を書きました」

佐宗さんの大学での体験がまとめられた『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』は、2015年に日本で出版され、デザイン思考の入門書として人気を獲得し、ロングセラーとなった。その後台湾、韓国でも翻訳版が出版され、手ごたえを感じた佐宗さんは英語版の出版を提案したが、出版社からは断られてしまった。

しかし、佐宗さんはあきらめなかった。知人からAmazonのKindleダイレクト・パブリッシング(KDP)を使えば、自分で本を無料で出版し、海外でも販売できると聞くと、友人たちと3人でチームを組み翻訳作業に取り掛かった。

「留学時代に読んだデザイン理論の本の多くは、デザイナーが書いているためデザインを学んだことがない人にとっては、理解しにくいところがありました。デザイナーなら感覚でわかるような部分については、説明がなかったからです。具体的な実践方法を細かく記した本は出版されていなかったので、アメリカでも売れるはずだと考えました」

そして2017年4月、Kindle Storeに英語版『The Non-Designer's Guide to Design Thinking』を出版すると、Amazon.comのカスタマーレビューでも高評価を得た。

21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由
左側が英語版のペーパーバッグ(Amazon.comで購入可能)

「海外での反響はなかなか実感できないので、カスタマーレビューがつくことがまずうれしかったですね。英語版を出版して良かったと思うのは、本が自分のパスポートのような役割を果たしてくれることです。仕事で海外へリサーチに行くときなどにも、自分がどういう人間で、どんな考え方で仕事をしているかわかってもらいやすいんです。相手に信頼してもらえるので、人に会いやすくなりましたし、仕事も進めやすくなりました。KDPで出版することで、誰にでもそうした状況を自分で創り出せるのではないかと思います。現在、次回作の準備をしていますが、今度はもっと早く英語版も出版しようと思っています」

世界でも評価された突破力の学び方 佐宗邦威さん

現在では、企業や団体の新規事業などを手掛けるデザインファームを経営している佐宗さん。手に入れた発想力で、新しいもの・ことを生み出している。

「これまでにイノベーションを起こした人は、初めからイノベーションを起こそうとしていた人ではなくて、『これって重要だと思うんだけど、誰も認めてくれないんだよね』というところからスタートした人が多いんです。それはとてもつらいし、孤独です。でもその社会とのギャップは、実は新しいことを生み出すチャンスなんです。でもたいていのアイデアは形にならないまま埋もれてしまっている。でもそのアイデアが形になれば、イノベーションになる。その時にその人はとても輝くんです。長い期間をかけて、そうしたイノベーターを育てることでイノベーションを起こしていきたい。そう考えています」

世界でも評価された突破力の学び方

佐宗さんがKDPで出版した『The Non-Designer's Guide to Design Thinking: What a Marketer Learned in Design School』はこちら
『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』はこちら

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