「状況は常に変わるものだと思っていますから、先々を心配しすぎることもありません。変わるなら変わるところに適応すればいいというのが私のスタンス」
「私が入社した時はまだ、Amazonは日本で営業を開始していなかったんです」と話すのは、Amazonに約18年勤務している御嶽綾(みたけ・あや)さんだ。
Amazonが日本で営業をスタートしたのが、2000年11月。御嶽さんの入社はその4か月前だった。
「その頃はまだ十数人の社員が、新宿のレンタルオフィスの一室で働いていました。席も足りていなかったですし、ブロードバンド回線もまだない時代だったので、私は入社初日にオフィスに挨拶に行って、その足でシアトルへ3か月間の出張に向かったんです」と笑う。
大学卒業後、美術館の学芸員、服飾系の雑誌の編集者をしていた御嶽さん。留学経験もなく、外資系企業での勤務も初めてだった。しかし、読書好きで、以前からアメリカのAmazon.comから本を買っていたこと、そして何よりも旺盛な好奇心から、未知のインターネット販売という仕事に飛び込んだ。
「3か月の出張から帰ってきたら、オフィスが渋谷へ移転していました。スタッフもまだ数十人。営業がスタートする直前は寝袋でオフィスに泊まり込んでいる人もいて、いかにもベンチャー企業という雰囲気でした。営業開始数日前にシステムに不具合が見つかり、一時は心配しましたが、無事に営業がスタートした時は、みんなで見守って、注文が入るたびに喜び合いました」
Amazonには、社員が自ら進んで部署の異動を希望できる制度があり、御嶽さんもその制度を利用し18年間で4回事業部を異動している。最初の部署で1人目の子どもを出産後、十数人の部下を束ねるマネージャー職に就いていたが、2人目の子どもの出産を考え始めた頃に、計画的に自ら異動の希望を申し出て1人で行う業務に就いた。
「夫と相談し、2人目の子どもが育つまでは体力的にも大変なので、マネージャー職ではない方がいいかもということで異動を決めました。日本での担当者は私だけでしたが、アメリカのチームと連携して行う業務だったので、産休取得前に彼らと信頼関係を築き、産休・育休中はバックアップしてもらえました」
その後も、御嶽さんは異動をすることで、日本でKindle、Amazon フレッシュなど分野が異なるサービスの立ち上げに参加するなど、自身の領域を広げていった。自分の中で各業務に対するゴールを設定し、そこにたどり着きそうになると、次のステージに進むことを考え始めるのだという。
「その時は社内だけでなく、社外の仕事も検討します。それでもAmazonを選んできたということは、自分に合っているのかもしれません。Amazonでは、次々と新しいサービスが始まるので、新しい仕事の機会がたくさんあるし、飽きないんです」
現在御嶽さんは、Amazonに商品を納入いただく取引企業とAmazonをつなぐツールの改善を行うために、アメリカのエンジニアや日本の営業スタッフとの間を調整する役目をしている。多様な経験や国籍の社員たちのなかで、マネージャーとしていきいきと働ける理由を尋ねてみた。
「1人だけでは自分の能力や持っている時間が限られているので、できることも限られますが、チームであればそれを何倍にもできます。また、それぞれのメンバーが持っているつながりがあれば、さらにもっと可能性を広げられます。メンバーに目標を納得してもらって、そこに向かってみんなで仕事をして、大きなインパクトを生み出すことが、とても面白いです。時には意見が合わないこともありますが、国や人種にかかわらず、みんな違って当たり前なので、違いを気にしても仕方がない。お互いにゴールがあるのでそのゴールを明確にしたうえで、お互い何をすればいいかを話し合えばいいんです。Amazonでは、お客様を大切にし、お客様を起点に考えるという原則があるので、そこを守れば、話し合いが変な方向に進むこともありません。わずか十数人から、数千人規模に会社が大きくなっても、その原則が変わらないということはすごいことだと思いますし、そこがAmazonの良さだと思います」
家庭では2人の子どもを育て、仕事では5つの部署を渡り歩くという大きな環境の変化を体験してきたはずだが、家庭でも仕事でも、それほど苦労したという実感がないと御嶽さんは言う。
「前もって、こうあるべきと期待していると、そうじゃなかったときにギャップで苦しんだりするのかもしれませんが、コントロールできないことは起こるものですし、状況も常に変わるものだと思っていますから、先々を心配しすぎるということもありません。変わるなら変わるところに適応すればいいというのが私のスタンス。仕事でも家でも同じです。家事は1人でやるものでもないですし、夫も私も、お互いができるときにできることをすれば大丈夫だよねという考えなので、大きなストレスは感じません」
忙しい毎日だからこそ、気持ちの切り替えを意識的に行い、仕事と家庭を二項対立的にとらえるのではなく、さまざまなものとの調和を考えるワーク・ライフ・ハーモニーを自然に実践している。週末にだらだらと仕事をしないためにも、アメリカから連絡が入る可能性がある土曜日の朝にメールをチェックした後は、できるだけメールを見ないようにしている。そして時間を見つけては1人の時間を楽しむのだという。
「数えてみたら、昨年は約100の展覧会に行っていました。1日で3か所も美術館をハシゴすることもあるので、家族に迷惑をかけないためにも1人で観に行きます。仕事から離れてアートを見ると、別の視点でとらえられるようになったり、いいヒントをもらったりということがあります。それが目的ではないですけど、とても良いリフレッシュになります」