社会全体がDX(デジタルトランスフォーメーション)に舵を切る中で、Amazonは日本の企業の約9割を占める中小企業(小規模事業者含む)を支援し、さまざまなサービスやプログラムを通して中小企業のDXを後押ししています。デジタルがもたらす中小企業の変革とは? そして、変革を加速させるAmazonのサポートとは? 連載企画の第12回は、DXを活用して事業承継を成功させた中小企業を紹介します。
※本記事は、2022年6月16日に日本経済新聞および日本経済新聞電子版に掲載された記事を加筆したものです。
日本の総人口において、65歳以上の人口が21%を超える超高齢化社会が訪れた今、事業承継への注目度が高まっています。2016〜2019年の休廃業・解散企業は年間4万件台で推移し、60代以上の経営者の35.5%が「現在の事業を継続するつもりはない」と回答(中小企業庁「2020年版中小企業白書」)。将来的な業績低迷予測や後継者不足など、企業ごとにさまざまな課題が存在する中で、事業承継における課題解決はますます必要とされていくでしょう。
今回ご紹介する2社は、中小企業の事業承継の成功例としてのみならず、事業改革と創業時からの企業理念の継承という点において、多くのヒントを与えてくれます。
老舗の看板に安住せず、時代の先を読む
大阪銘菓として知られる粟(あわ)おこしは、1970年代には100社以上の製造業者が組合に加盟するほどの隆盛を誇りました。1880年創業の株式会社神林堂(しんりんどう)もその内の1社ですが、代表取締役の岸本憲明さんは、家業を継ぐ前から「粟おこしに将来性を感じなかった」と言います。
岸本さん「昔は大阪に出稼ぎに来た方々が、帰郷時のお土産に粟おこしを購入してくださいました。でも、時代の変化と共に、出稼ぎに来ていた方々は大阪に定住し、向こう三軒両隣にお土産を配るという文化も廃れていきました。『このままではあかん』という危機感を小学生の頃から抱いていたのです」
30歳手前で家業を継いだ岸本さんは、その言葉どおり、時代を先読みした新機軸を打ち出していきます。
岸本さん「これからは健康食品に注目が集まるだろうと考え、砂糖不使用の豆乳おからクッキーを考案したのが1990年代後半のこと。今ほどは健康食品やダイエット食品が市場に存在しない中、試作品づくりに没頭しました」
しかし、粟おこし一筋に100年の歴史を積み重ねてきたため、周囲の反発は大きなものでした。
岸本さん「先代の社長だった父や職人には猛反対されました。そんな中、休みなく試作品づくりに励み、人の3倍働きました。すると、周囲の人たちも徐々に手を差し伸べてくれるようになったんです」
百貨店などに商品を卸す傍ら、2000年代初頭にいち早くEC(電子商取引)に進出しました。
岸本さん「出店型のECサイトは、アーケード内に店舗が軒を連ねているのと似ていますが、出品型のECサイトは商品棚に商品が陳列されているイメージです。出品型のAmazonは明確な購買目的を持って訪れるお客様が多く、欲しい商品にたどり着くまでのスピードが速いと思います。Amazonでは2012年から販売し始め、特に豆乳おからクッキーは販売以来、好評を博し、順調に売上が伸び続けています」
ECにおいては「立地」も重要であると岸本さんは続けます。
岸本さん「検索時に商品が上位に表示されることは、実店舗でいうと好立地、商品棚でいうと一番目立つところに陳列されるようなものです。どんなに優れた商品でも、商品棚の奥に隠れてしまうとお客様に見ていただけません。そのため、どんな商品なのかがイメージしやすい商品名にしたり、商品ページの文章に検索しやすいキーワードを入れたりと、SEO対策に力を入れています」
Amazonのサービスを活用して露出拡大を目指す
神林堂では独自の新商品を生み出し、Amazon限定ブランドプログラムを利用し、Amazonでの限定販売を行っています。
岸本さん「このプログラムではマーケティングやプロモーションのサポートを受けることができるので、高い評価を獲得すればAmazonのサイト内で露出が増える可能性があります。言ってみれば、商品棚の一番前に商品が並ぶことも期待できるのです」
さらに、Amazonが商品の保管・配送などを行うフルフィルメント by Amazon(FBA)のメリットも大きいといいます。
岸本さん「全盛期に比べると、従業員はかなり減りました。商品の出荷作業に割ける人員が不足する中で、Amazonが商品の保管、注文処理、梱包、配送、さらには注文や返品に関するカスタマーサービスを代行してくれるFBAは本当に助かっています」
健康やダイエット、さらにはペット用のお菓子など、次々と新商品を生み出してきた岸本さん。粟おこしから商品は変化したものの、根底にある想いは不変です。
岸本さん「お菓子は本来、みんなで楽しみながら食べるもの。しかし、健康のためにカロリーを気にし、お菓子を食べることに罪悪感が生まれるようになってしまいました。だからこそ、当社が開発した、砂糖不使用でもほのかな甘みがある低カロリーのお菓子を食べ、家族団らんのきっかけにしてほしいと考えています。商品が変わっても、楽しみながら食べていただきたいという想いは、創業当初から少しも変わっていないんです」
老舗の酒造会社に根付く挑戦の風土
1889年に創業した日本盛(にほんさかり)株式会社は、日本有数の酒どころである兵庫県灘五郷に根を張り、良質な日本酒を造り続けています。代表取締役社長の森本太郎さんは、灘五郷に位置する西宮の地理的な特長をこう語ります。
森本さん「西宮で湧出する水は宮水と呼ばれ、古くから日本酒造りに用いられてきました。日本酒造りには鉄分の少ない水が良いとされ、一般的には軟水を使う蔵が多いですが、宮水は硬水だけれど鉄分が少ない。昔の人はこの希少な水質を味覚だけで見抜き、切れ味のいい灘特有の味わいを築き上げてきました。加えて、日本で最も生産量の多い酒造好適米である山田錦の産地が近く、常に高品質の酒米を仕入れられる点も大きいですね」
そんな森本さんが社長に就任したのは2020年。日本盛にとっては31年ぶりの社長交代であり、ヨット競技者として五輪出場経験を持つ森本さんの経歴も話題となりました。
森本さん「現会長である前社長の言葉で印象に残っているのは、焦らずに長期的な視点で物事を捉えること。そして、耳の痛いことを忌憚(きたん)なく言う社員を大切にすること、つまりは裸の王様になるな。それは常に胸に留めています」
社長に就任して以来、森本さんは2つのことを大切にしています。
森本さん「1つは、新しいことに果敢に挑戦すること。日本酒業界の売上規模が年々縮小しているからこそ、リスクを恐れず、変革を打ち出しています。もう1つは、これまで以上にお客様を大切にすること。お客様目線を徹底しない限り、商品に付加価値は生まれないというスローガンを掲げています」
もともと、日本盛には挑戦の風土がありました。創業は1889年ですが、酒蔵としては後発。ゆえに「根底にベンチャー気質があった」と森本さんが言う通り、ボトル缶入りの生原酒、米ぬかを使ったスキンケア用品など、業界初の試みに次々と挑んできました。
森本さん「ヨットの競技生活を通して、失敗してもあきらめずに努力を続ければ、必ず道は拓けるという成功体験の重要さを実感しました。業界初に挑む過程には障壁もありましたが、成功体験を積み重ねてきたから前向きな気持ちが生まれる。そういう意味では、除菌用アルコールの製造・販売も大きなターニングポイントになりました」
Amazonでの販売を通して社会の役に立ちたい
2020年4月、新型コロナウイルス感染症の感染が拡大する中、医療機関などで手指消毒用エタノールが不足する事態が生じました。
森本さん「社員全員で『今、自分たちにできることは何か』を考える中、厚生労働省が醸造用アルコールを手指消毒用エタノールの代用品として認めたことから、醸造用アルコールを使った除菌用アルコールの製造に踏み切りました。発案から商品化までは約1週間。社員一丸となって計画を進め、当社の歴史上、最速での商品化事案となりました」
当初、除菌用アルコールは西宮市や医療機関へ提供し、その後、ニーズの高まりを受けて一般販売も開始。その販路として選んだのがAmazonでした。
森本さん「除菌用アルコールを必要とする多くの人に商品を届けたいと考えたとき、すでに多くのお客様が利用されているAmazonが最適な販路だと考えました。実際、多くのお客様に商品をご購入いただき、カスタマーレビューでは想像以上の感謝の言葉をいただきました。世の中に必要とされる会社になりたい、誇りを持てる会社になりたいというヴィジョンに一歩近づくことができました」
その後、生原酒ボトル缶セットやスキンケア用品などもAmazonで販売し始め、商品ラインアップを拡充していきました。
森本さん「Amazonを重要な販路として捉え、今後もAmazonでの販売を強化していきたいと考えています。また、除菌用アルコールの需要と供給のバランスが安定した現在は、スポンサープロダクト広告などを利用して効果的な露出を行っています。除菌用アルコールをきっかけにAmazonでの日本盛の認知度を向上させ、ほかの商品にも興味を持っていただければと考えています」
15代目の社長として3年目を迎えた森本さんは、さらなる挑戦を思い描いています。
森本さん「最近は新たな化粧品ブランドの立ち上げや、関節痛をやわらげる医薬品の販売も始めました。日本酒という食文化を起点に、今後もお客様の暮らしを豊かにする商品を積極的に展開していきたいと思います。すべてはお客様のために。そして、世の中のために。6人の若者が日本盛を創業したとき、社会の役に立ちたいという信念を掲げましたが、130年経った今も、私たちがその地続きにいることを実感しています」
長い歴史を持つ事業を継承する中で、神林堂と日本盛はリスクを恐れずに変革を打ち出し、Amazonでの販売というDXによってより多くのお客様に商品を届けてきました。商品は時代の流れと共に変化しましたが、創業時の企業理念は変わることなく受け継がれています。両社が体現する変革は、事業承継の重要なポイントだと言えるでしょう。
中小企業を進化させるAmazonのDXサポートシリーズ
Vol.1 商品のリピーターを生み出す、DXにおける新たな方程式とは?
Vol.2 ECビジネスを加速させるギフト戦略の最前線
Vol.3 ECビジネスに不可欠なフルフィルメント戦略
Vol.4 既存商流のデジタル化はなにをもたらすか?
Vol.5 女性を支える商品は、社会と暮らしをどう変えるか?
Vol.6 DXと共に変化する、新生活アイテムの消費行動とは?
Vol.7 DXはエシカル消費をどのように後押しするか?
Vol.8 AWSクラウドがもたらした、農業を支えるDXの進化
Vol.9 AWSが加速させる、社会に貢献する事業のDX
Vol.10 スタートアップの革新はいかにして生まれるか?
Vol.11 AWSによるDXは、第一次産業をどう進化させるか?
Vol.12 事業承継のために老舗が挑んだ改革と守った精神
Vol.13 豊かな人生に貢献する商品を生み出した開拓者たち
Vol.14 業務効率化で生まれた時間をどう活用するか?
Vol.15 ブランドの保護・活用による中小企業の成長戦略
Vol.16 企業の情報資産を守り、ビジネスを止めないために
Vol.17 日本の健康を食で支えるために開拓したECという販路
Vol.18 社会課題にイノベーションを起こすITベンチャーの技術力
Vol.19 エッセンシャルワーカーにDXはどんな価値をもたらすか?
Vol.20 和の名産を手がける老舗が踏み出したDXの新たな一歩
Vol.21 デジタル面にとどまらない、Amazonの中小企業支援とは?
Vol.22 行動や価値観の変化を捉える、中小企業の商品開発の今
Vol.23 メイド・イン・ジャパンの品質を世界中に届けるために
Vol.24 地域活性化を後押しする、特産品の魅力とDX