社会全体がDX(デジタルトランスフォーメーション)に舵を切る中で、Amazonは日本の企業の約9割を占める中小企業(小規模事業者含む)を支援し、さまざまなサービスやプログラムを通して中小企業のDXを後押ししています。デジタルがもたらす中小企業の変革とは? そして、変革を加速させるAmazonのサポートとは? 連載企画の第11回は、AWSを活用し、第一次産業の課題解決を担うスタートアップに迫ります。
※本記事は、2022年6月3日に日本経済新聞および日本経済新聞電子版に掲載された記事を加筆したものです。

今年5月、民事裁判の手続きをオンライン上で可能とする改正民事訴訟法が成立するなど、DXの波は社会全体に波及しつつあります。農業や漁業、林業を指す第一次産業も例に漏れず、農業分野にICT技術を活用するアグリテックをはじめ、漁業・水産業のフィッシュテック、林業テックなどに注目が集まっています。

人手不足や後継者不足などを課題に持つ第一次産業において、DXはどのように加速しているのでしょうか? 今回は、AIや機械学習、IoT、データ分析、アプリ開発などを含む200種類を超えるクラウドサービスを提供するアマゾン ウェブ サービス(AWS)を活用し、畜産農業と養殖漁業を支えるDXに挑むスタートアップを紹介します。

牛に付けたセンサーで牛の行動データを分析

AWS上のIoTやAIを活用し、牛の行動モニタリングシステムを開発・提供しているデザミス株式会社。代表取締役兼CEOの清家浩二さんは、前職時代の経験をきっかけに、2016年にデザミスを立ち上げました。

笑顔の清家さんの写真
デザミス株式会社 代表取締役兼CEO・清家浩二さん

清家さん「以前は大手家電メーカーに勤務し、20年以上にわたって牛舎の設備販売に携わりました。そこで畜産農家が抱える悩みを聞いているうちに、なんとか力になれないかと思うようになったんです」

畜産農家の悩みとは、主に人手不足。それも、厳しい労働環境に起因します。

清家さん「家畜を飼育する畜産農業には、汚い、きついといったマイナスイメージが付きまとい、働き手や後継者不足が慢性化していました。しかし、畜産農業の実際の現場はクリーンですし、高収入を得られるビジネスポテンシャルも高い。マイナスイメージを払拭し、人手不足などの課題解決をサポートできないかと、畜産農業のIoT化に取り組むことにしました」

デザミスが開発したのは、牛を24時間モニタリングするシステム「U-motion®(ユーモーション)」。牛に取り付けたセンサーから行動を読み取り、AWSのクラウドに蓄積し、その行動データを機械学習で分析。1頭1頭の状態をパソコンやスマートフォンから確認できる仕組みです。

センサーがついた首輪をつけている牛の写真
牛の首に装着したセンサーから行動データを取得
牛舎内の牛の様子をタブレットを使いながら確認する写真
行動データをもとに疾病などの早期発見を行っている
牛達を前にタブレットを見ながら話し合いをしている写真
現場に何度も足を運び、畜産農家と話し合うことをモットーにしている

清家さん「開発当初は牛の行動を1分単位で観察し、どのような動作に兆候が現れるのか、ひたすらデータ収集を繰り返しました」

現在では、牛の採食・飲水・反芻(はんすう)・動態・横臥(おうが)・起立といった行動をはじめ、発情や疾病の兆候を発見することも可能になりました。

清家さん「牛の発情サイクルは20日ほど。そのタイミングを逃すと妊娠に至らず、搾乳ができません。発情の兆候を知ることはとても重要なのです。また、大規模な牧場で1000頭の中の1頭の疾病を見つけることは非常に難しい。異変をいち早く察知することが牛を守り、畜産農家の経営の安定につながるのです」

時間経過とともに発情指数の推移がグラフ化されている、システムの画面写真
牛ごとの発情指数をグラフで表示
時間経過とともに行動の割合変化がカラフルに表示されているシステムの画面写真
採食、横臥、起立といった行動の推移を色分けして表示
検知事項の状態を数値化して知らせているシステムの画面写真
乳量や採食量の低下のほか、疾病傾向なども検知することができる

AWSに蓄積したデータを他領域にも展開予定

画期的なこのシステムは、全国の畜産農家から支持を得ています。

清家さん「働き手の習熟レベルと関係なく、誰でも牛の行動を把握できることはメリットが大きいと自負しています。また、牧場によっては寝ずに番をすることもありますが、導入によって見回りの回数が減って業務負荷の軽減にもつながっています」

日本全国の約14万頭の牛から得た膨大なデータは日々、AWSに蓄積されています。

清家さん「AWSを導入した決め手は、開発や運用に必要なサービスを自由に組み合わせられることです。しかも、従量制料金なので、必要なサービスを必要な分だけ利用することができます。初期投資を抑えられるので、意思決定も素早くできました。また、AWSの担当者の親身なアドバイスのおかげで、サーバーコストを約40%削減することも実現できました」

AWSの利用は、畜産農家側の安心感にもつながっています。

清家さん「データ管理のセキュリティを気にされる畜産農家の方に、『AWSを使っています』とお伝えすると、すごく安心していただけます。AWSは重要な社会インフラなどに使われており、ネームバリューがありますね。U-motion®は日々進化を続けていますが、これからもAWSを活用していきたいと思います」

ミーティング中の清家さんと小佐野さんの写真
AWSでのシステム構築はエンジニアであり取締役CTOの小佐野さん(写真右)が担当
熱く語る清家さんの写真
畜産農業は奥深く、なによりも牛がかわいいと語る清家さん

将来的には、蓄積したデータを他領域に展開する予定です。

清家さん「当社にとって、膨大な牛の行動データは財産です。今後は全国の畜産農家、獣医、関連企業などをつなぐプラットフォームを進化させていきたいと考えています。そして、畜産農業のバトンを未来につなぐために、若い働き手が集まる、かっこいい畜産農業のイメージをつくっていきたいですね」

機械学習を用いて、魚のエサやりを最適化

一方、水産資源の危機が世界的な問題となっている漁業の場合はどうでしょうか? 2016年に創業し、さまざまなテクノロジーを用いて水産資源の課題解決に取り組むウミトロン株式会社の共同創業者CTO、岡本拓磨さんはこう語ります。

笑顔の岡本さんの写真
ウミトロン株式会社 共同創業者CTO・岡本拓磨さん

岡本さん「近年、乱獲などによって漁獲量は減少傾向にあります。そのため、養殖漁業の重要性が増し、世界的には養殖漁業の生産量が漁獲量を上回るほどです。一方で、養殖漁業は誕生してまだ100年あまりの産業。畜産農業などと比べると、テクノロジーの導入が遅れていることも事実です」

さらに、給餌(きゅうじ)と呼ばれるエサやりにおける課題も大きいと岡本さんは言います。漁獲量の減少に伴い、養殖魚のエサとなる魚粉の代金も高騰。その上、何十台もの生簀(いけす)を1か所ずつ監視し、魚がきちんとエサを食べているかを確認することの負担も大きいそうです。

岡本さん「生簀に自動的にエサを落とす、タイマー機能付きの機械は昔からありました。でも、魚は体調や水温によって食べるエサの量が変化します。タイミングを誤れば、高額なエサは食べられずに海の藻屑と化し、海洋汚染につながる危険性もはらんでいます。まずは、魚が本当にエサを食べているかを確認することから始めました」

生簀にモニターを入れて観察してみると、エサの約2割が食べられていないことが判明しました。

岡本さん「その日の魚の様子からエサの量を調節する熟練の生産者のように、機械学習を用いて魚の行動を分析し、最適なエサやりをできないか。そう考えて開発したのがスマート給餌機『UMITRON CELL®️(ウミトロンセル)』です。AIが魚の食欲を判定して自動でエサを与える仕組みで、効果的かつ無駄のないエサやりのおかげで、実証試験では養殖魚の生育期間を4か月も短縮するという成果を得ることができました」

海に設置された生簀に白い箱型のUMITRON CELLが置かれている写真
「UMITRON CELL®️」を導入した生簀(いけす)の様子
何台ものカメラ映像が並ぶシステムの画面写真
生簀の中の魚の動きをカメラでリアルタイム監視している
生簀内のカメラの位置と映像を確認できるシステムの画面写真
生簀の位置情報と共に表示された生簀内部の映像

AWSだからこそ実現したグローバル展開

新たに開発した海洋データサービス「UMITRON PULSE(ウミトロンパルス)」では、人工衛星のデータを活用。海洋温度や水中の酸素量、塩分濃度といった情報を地図上に可視化し、エサやりに役立てるものです。

岡本さん「『UMITRON PULSE』は、アプリとして基本機能は無償で提供しています。そこを入り口に『UMITRON CELL®️』を導入されるお客様もいるのですが、海外でもクチコミが広がり、南米やオーストラリアでの導入も進んでいます」

地図上で海水温を色で表示しているシステムの画面写真
水温などを地図上に表示する「UMITRON PULSE」の画面
色の良い魚がパッケージされている写真
ウミトロンのAI技術で育てたサステナブルなシーフードブランド「うみとさち」

こうしたウミトロンのサービスを支えているのがAWSです。

岡本さん「創業当初からグローバル展開を考えていたので、少人数でも安定的に運用でき、グローバルへスケールアップできる点は欠かせないポイントでした。そもそも、IoTや機械学習のサービスが必須だった我々にとって、それらが充実しているAWSのメリットは大きく、思い立ったらすぐに機能向上できる点も優れています。AWSの担当者のサポートも手厚く、豊富なAWSのサービスの中から、当社に適したものを教えてくれる点もありがたいですね」

AWSの進化のスピードも魅力的だと岡本さんは付け加えます。

岡本さん「長年にわたってAWSを利用していますが、『こういったサービスが欲しいよね』というニーズをいち早くくみ取り、サービスに反映していることはAWSの特長だと思います。進化のスピードはかなり早いですね。また、リモートで開発や利用ができる『UMITRON PULSE』も、AWSを活用しているため、日本国内、そして海外にも安定的に提供し続けられるという利点があります」

社内メンバーとミーティングをする岡本さんの写真
東京のほか、シンガポールにもオフィスを構え、グローバル展開を進めている
真剣に語る岡本さんの写真
養殖魚の価値やおいしさを広めていくこともミッションだと語る岡本さん

世界の養殖漁業の課題解決に取り組むウミトロン。未来を見据える視点のスケールも大きなものです。

岡本さん「今後の展望は2軸あります。1つは、海外展開を推し進めること。先日、海外のカンファレンスに出展したところ、『もっと詳しく知りたい』と言ってくださるお客様がたくさんいらっしゃり、手応えを感じました。もう1つは、テクノロジーを提供するだけで終わらず、その先にも関わること。給餌のみならず、おいしさ、安全性、サステナビリティを兼ね備えた養殖魚の価値を伝える取り組みや、海洋汚染の改善や水産資源の保護などの環境問題にもチャレンジしたいですね」

畜産農業の効率化を図り、イメージを変えようと日夜奮闘するデザミスと、養殖漁業のDXという新たな領域に挑戦するウミトロン。両社の取り組みからは、DXが課題解決の糸口となり、AWSがそれを後押ししていることがうかがえました。第一次産業のように、長年の習慣や固定化されたイメージが根強い業界ほど、DXによる課題解決はイノベーティブなものになる可能性を秘めています。これからも、DXによってさまざまな業界や分野の課題が解決されていくことでしょう。

中小企業を進化させるAmazonのDXサポートシリーズ
Vol.1 商品のリピーターを生み出す、DXにおける新たな方程式とは?
Vol.2 ECビジネスを加速させるギフト戦略の最前線
Vol.3 ECビジネスに不可欠なフルフィルメント戦略
Vol.4 既存商流のデジタル化はなにをもたらすか?
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Vol.6 DXと共に変化する、新生活アイテムの消費行動とは?
Vol.7 DXはエシカル消費をどのように後押しするか?
Vol.8 AWSクラウドがもたらした、農業を支えるDXの進化
Vol.9 AWSが加速させる、社会に貢献する事業のDX
Vol.10 スタートアップの革新はいかにして生まれるか?
Vol.11 AWSによるDXは、第一次産業をどう進化させるか?
Vol.12 事業承継のために老舗が挑んだ改革と守った精神
Vol.13 豊かな人生に貢献する商品を生み出した開拓者たち
Vol.14 業務効率化で生まれた時間をどう活用するか?
Vol.15 ブランドの保護・活用による中小企業の成長戦略
Vol.16 企業の情報資産を守り、ビジネスを止めないために
Vol.17 日本の健康を食で支えるために開拓したECという販路
Vol.18 社会課題にイノベーションを起こすITベンチャーの技術力
Vol.19 エッセンシャルワーカーにDXはどんな価値をもたらすか?
Vol.20 和の名産を手がける老舗が踏み出したDXの新たな一歩
Vol.21 デジタル面にとどまらない、Amazonの中小企業支援とは?
Vol.22 行動や価値観の変化を捉える、中小企業の商品開発の今
Vol.23 メイド・イン・ジャパンの品質を世界中に届けるために
Vol.24 地域活性化を後押しする、特産品の魅力とDX

2021年のこのシリーズでは、コロナ禍を乗り越えた飲食店や、OEMから自社ブランド製造に舵を切った企業、老舗の食品店や伝統工芸品店、農産物販売企業まで、Amazonで販路を広げDXを推し進める中小企業をご紹介しています。

 

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