社会全体がDX(デジタルトランスフォーメーション)に舵を切る中で、Amazonは日本の企業の約9割を占める中小企業(小規模事業者含む)を支援し、さまざまなサービスやプログラムを通して中小企業のDXを後押ししています。デジタルがもたらす中小企業の変革とは? そして、変革を加速させるAmazonのサポートとは? 連載企画の第10回は、AWSを活用するイノベーティブなスタートアップ企業に迫ります。
※本記事は、2022年5月17日に日本経済新聞および日本経済新聞電子版に掲載された記事を加筆したものです。
日本政府は2022年をスタートアップ創出元年とし、スタートアップ支援強化に取り組んでいます。具体的には、スタートアップと事業会社によるオープンイノベーション促進のための所得控除や、資金調達を行いやすくするための上場ルールの見直しを行い、欧米に遅れを取っている起業文化の成長を後押ししたい考えです。
今回は、注目度の高い2社のスタートアップを例に、起業までのストーリーや、アマゾン ウェブ サービス(AWS)を活用したイノベーションの創出を紹介します。
新しい金融サービスで日本の金融業界を変える
近年、著しい進化を遂げているフィンテック市場。フィンテックとは、金融分野とIT技術をかけ合わせた新たな金融サービスのこと。株式会社Finatext(フィナテキスト)は、そのフィンテック市場のスタートアップとして頭角を現しています。
金融をサービスとして再発明することをミッションに掲げ、林良太さんが起業したのは2013年のこと。その背景には、自身のキャリアと実体験が大きく影響しています。
林さん「大学卒業後の2009年、ドイツ銀行のロンドン支店で働き始めました。当時はフィンテックの勃興期で、ロンドンはその最前線。テクノロジーによって金融サービスが激変していく様を目の当たりにしました。その後、2013年に帰国したとき、日本の金融サービスに衝撃を受けました。当時の日本はオンラインバンキングがほとんど存在しておらず、口座開設には当然のごとく印鑑を求められる。金融業界が数十年前と全く変わっていないことを痛感したのです」
同時に「これは日本の金融業界をアップデートする絶好のチャンスだ」と感じた林さんは、同社を起業。メガバンクや大手保険会社などと共に、株式、保険、ポイント運用など、幅広い金融商品の運用を可能とするプラットフォームを次々に開発してきました。
林さん「起業から1~2年で大手とプラットフォームの開発を進められたことは大きかったですね。当時の日本ではフィンテックの事業領域が未開拓だったという、時の運にも恵まれていたと思います。スタートアップが入り込む余地があるベストなタイミングでした」
暮らしに寄り添った同社の新しい金融サービスは、金融業界に確かな新風を巻き起こしていきました。
信頼性の高いクラウドを組織に提供するAWS
そんな林さんは、「創業から10年ほどでここまでの成果を出せたのは、AWSがあったからこそ」だと言います。AWSでは、高いセキュリティに加え、AIや機械学習、IoT、データ分析、アプリ開発などを含む200種類を超えるクラウドサービスを提供しています。
林さん「自分たちでサーバー環境を構築するとなったら、独自のセキュリティを構築し、トラフィックが増えればサーバーを拡張しなければならない。それには莫大な費用と人的リソースが必要です。一方、AWSは必要なときに必要な分だけ使えるため、サービスをスピーディーに提供することができます。スピードとコストはスタートアップの要。その意味で、スタートアップにとってAWSは親和性が高いと思います」
同社は基幹システムにAWSを採用し、ビジネスの根幹となる業務をすべてAWSで行っている点も特徴的です。
林さん「当社は、基幹システムにクラウドを採用した日本初のスタートアップだと思います。それくらい、AWSへの信頼度は高いですし、戦略的パートナーだと捉えています。クラウド化はDXにおける大きなテーマなので、積極的にコミットしていきたいですね」
同社は、AWSに関する高度な知識や実績があると認められた場合に認定されるセレクトコンサルティングパートナーや、AWS を活用したソフトウェアソリューションを提供する企業のためのISVパートナーのパスも取得しています。
林さん「AWSを活用する企業は年々増えています。そうした中で、AWSを熟知し、正しく活用していることを対外的に示すため、パートナー登録を行いました。これまでもAWSと協業し、細やかなサポートを受けてきましたが、より強固なパートナーシップを結ぶことで、取引先からの信頼度も高まったと思います」
林さんは、「長い歴史とレガシーを持つ金融業界だからこそ、DXを通じたイノベーションが必要」と捉え、新たな金融の未来を思い描いています。
林さん「金融サービスは本来生活を支える存在ですが、現状ではまだ目的を果たせていない。もっと生活の中に金融サービスが溶け込むような、投資や資産形成が誰にとっても身近になる未来を作りたいと考えています。そのためには、社会的モメンタム(機運)を作り、業界全体を変えていかなければいけない。そして、それができるのは自分たちしかいないと自負しています」
猫の行動を可視化して健康状態を把握
近年、IoTなどの技術を活用し、ペットの飼育をサポートするペットテックが注目を集めています。ペットは家族の一員であり、人生の伴侶と捉えるコンパニオンアニマルという考え方も浸透し、ペットテック市場は拡大傾向にあります。
その市場で脚光を浴びているスタートアップが、猫用のペットテックを開発する株式会社RABOです。代表取締役兼CEOの伊豫愉芸子(いよゆきこ)さんにとって、愛猫のブリ丸はチーフ「キャット」オフィサー(CCO)の役職を与えるほど、大切な存在です。
伊豫さん「幼い頃から動物が大好きで、実家では3匹の猫様と暮らしていました。東京海洋大学・大学院ではペンギンなどの海洋生物の生態を学び、バイオロギングを研究しました。バイオロギングとは、動物に小型センサーを付けて行動生態を調査する手法のこと。この手法を用いて、海中で行動が見えない海洋生物の生態データを取得していました」
見えないところにいる動物の生態を観察する。ここで得た学びが、後の起業へつながっていきます。
伊豫さん「結婚後も猫様をお迎えしたのですが、共働きなので猫様はお留守番ばかり。自宅に見守り用のカメラを付けても死角が多く、猫様に異変がないか、毎日心配でした。そんな中、『バイオロギングを活かせば、猫様の見えない時間を可視化できるのでは?』と思い立ちました」
さらに、猫の健康管理に関する課題も伊豫さんを悩ませていました。
伊豫さん「猫様は不調を隠すことが多く、飼い主でも体調の変化に気づきづらいんです。それに、動物病院に行くことを嫌がる猫様も多い。だからこそ、普段の小さな変化に気を付けないと、病気の処置の遅れにもつながってしまうのです」
これらの課題を解決するサービス開発を目指し、2018年に起業。翌年、猫の健康状態の把握や行動を見守るサービス、「Catlog(キャトログ)」をスタートしました。
伊豫さん「加速度計が内蔵された首輪型デバイスを装着することでデータを収集し、『食べる・飲む・走る・歩く・くつろぐ・寝る・毛づくろい』の7項目を判定、リアルタイムでスマホから確認できる仕組みです。ローンチに至るまではブリ丸をはじめとした猫様たちにモニターになってもらい、何度も試作品を製作しました。加速度計の重さや大きさなど、猫様に負担をかけないことが最優先事項。充電回数などの飼い主側の利便性は、その後に詰めていきました」
AWSが支える猫の健康改善や予防医療
さらに、トイレの下に置くことで排せつ量や体重を計測するボード型デバイス「Catlog Board」も開発。さらなる進化を遂げます。
伊豫さん「スマート首輪のCatlogでは、行動データを猫様の肥満や運動不足の予防・解消に役立てることができますが、Catlog Boardによってより詳しく健康状態を把握できるようになりました。収集したデータはAWSに送信され、機械学習によって解析することで、行動の変化を通知したり、他の猫様と行動を比較したりすることも可能です。猫様のトイレの回数が多くなり、通知がきたので病院に連れて行ったところ、膀胱(ぼうこう)炎の早期発見につながった事例もあります」
立ち上げにあたっては、当初からAWSの利用を決めていたといいます。
伊豫さん「24時間365日、猫様の膨大なデータを収集し、さらには分析すると考えたとき、私の中で選択肢はAWS以外にありませんでした。これまでに蓄積した行動データは約44億件にのぼります。AWSは従量制料金で初期投資を抑えられるので、新しいサービスを立ち上げやすいと思います。それから、AWSの担当者は当社のエンジニアチームと連携し、新しいサービスの案内をはじめ、将来を見据えたAWSの活用法を教えてくれるなど、AWSの担当者の手厚いサポートに助けられています」
デバイスはAmazonで販売しており、グローバル展開も視野に入れているといいます。
伊豫さん「大好きな猫様のために、世の中にないものを生み出す今の仕事は面白さしかありません。猫様の行動は万国共通ですし、猫様を家族だと想う飼い主の気持ちはどこの国でも変わらないと思います。だからこそ、世界中の猫様と飼い主が1秒でも長く一緒にいられるように、Amazonを通じてCatlogをグローバルに販売する目標を実現したいですね」
金融サービスの新しい価値を創造するFinatextと、ペットテックで猫と飼い主を幸せにするRABO。起業文化の成長を後押しする両社の取り組みからは、スタートアップとAWSの親和性の高さをうかがい知ることができます。そして、日常の気付きや課題から生まれた両社のイノベーションは、スタートアップにとって一つの指標になることでしょう。
※本記事でブリ丸が着用しているスマート首輪は非売品です。
中小企業を進化させるAmazonのDXサポートシリーズ
Vol.1 商品のリピーターを生み出す、DXにおける新たな方程式とは?
Vol.2 ECビジネスを加速させるギフト戦略の最前線
Vol.3 ECビジネスに不可欠なフルフィルメント戦略
Vol.4 既存商流のデジタル化はなにをもたらすか?
Vol.5 女性を支える商品は、社会と暮らしをどう変えるか?
Vol.6 DXと共に変化する、新生活アイテムの消費行動とは?
Vol.7 DXはエシカル消費をどのように後押しするか?
Vol.8 AWSクラウドがもたらした、農業を支えるDXの進化
Vol.9 AWSが加速させる、社会に貢献する事業のDX
Vol.10 スタートアップの革新はいかにして生まれるか?
Vol.11 AWSによるDXは、第一次産業をどう進化させるか?
Vol.12 事業承継のために老舗が挑んだ改革と守った精神
Vol.13 豊かな人生に貢献する商品を生み出した開拓者たち
Vol.14 業務効率化で生まれた時間をどう活用するか?
Vol.15 ブランドの保護・活用による中小企業の成長戦略
Vol.16 企業の情報資産を守り、ビジネスを止めないために
Vol.17 日本の健康を食で支えるために開拓したECという販路
Vol.18 社会課題にイノベーションを起こすITベンチャーの技術力
Vol.19 エッセンシャルワーカーにDXはどんな価値をもたらすか?
Vol.20 和の名産を手がける老舗が踏み出したDXの新たな一歩
Vol.21 デジタル面にとどまらない、Amazonの中小企業支援とは?
Vol.22 行動や価値観の変化を捉える、中小企業の商品開発の今
Vol.23 メイド・イン・ジャパンの品質を世界中に届けるために
Vol.24 地域活性化を後押しする、特産品の魅力とDX